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2017.3.15クラフトマン

craftman’s eye
ー京都のクラフトマン。その「人」と「仕事」と「夢」。ー

第一回 清水大介氏×セキネトモイキ氏×森田晃吉(弊誌編集者)

 

事の古き新しきに関わらず、さまざまなクラフトマン、クリエイターが集う街、京都。

彼らの生み出すモノ、コトの礎にある、その「人」そのもの。

京都でモノやコトを生み、育むクラフトマン、クリエイターは今の時代に何を想うのか。

京都を取り巻くモノとコトの「今」を知るためには、その生み手の目線を垣間見ること。

そんなクラフトマン、クリエイターのビジョンに迫る対談シリーズ。

聞き手はゴ・バーンのエディター・森田晃吉、そしてこの京都でさまざまな企てと挑戦を続けるNokishita711代表・水物請負人セキネトモイキ氏。

記念すべき第一回目のゲストは、今回の聞き手であるセキネトモイキ氏、森田ともに親交のある陶芸家・清水大介氏。

京都・清水焼団地で「ふだん使いの清水焼」をコンセプトにした工房&ショップ「トキノハ」を構える清水氏に聞く、クラフトマン、クリエイターとしてのさまざまなビジョンをお届けする。

 

 

chapter1

陶芸という仕事と作家性

 

 

手でつくるということとビジネス

 

セキネ:まず、清水さんとは以前からお付き合いがあるんですけど、陶芸業界っていうのがよくわからなくて。ひとつひとつ手で作っている、いわゆる陶芸作家さんと呼ばれる存在と、工場生産のような量産体勢をとられている工房と業界内でバチっと分かれているんですか?

 

清水:わりとバッチリ、分かれてますね。

 

セキネ:それは、もう別ジャンルというか別業界みたいな感じなんですか?

 

清水:そうですね。でも、消費者からしたら変わらないじゃないですか。うつわとか、焼き物という意味では。でも、作り手は勝手に分けてる部分はあるんです。もちろん中間もあって、僕はわりとその中間だと思うんですけどね。いわゆる陶器を「作品」として作ってる作家さん、それもアート作品的なものを作っている人もいれば、うつわ自体を「作品」と呼んでいる作家さんもいて幅が広いんですけどね。それと、本当に組織として社長さんがいて、従業員さんがいて、それこそ工業製品として大量生産をされているところもあります。無印(良品)に卸されてているところとかですね。

 

セキネ:そういうところのモノでも人の手というのは入るんですか?

 

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清水:まったく、全部機械化、というのはないと思います。たとえばバリなどを取るのは人間の作業ですね。まぁ、それを手作業というのかどうかは別ですけど(笑)

 

セキネ:まぁ、それを手作業って呼んでしまうとお弁当工場のお弁当も一つひとつ手作りってことになっちゃいますけどね(笑)

それで、そういう(工場的な)トコロで働いておられる方も、陶芸の学校を出られた方が多かったりするのですか?それとも単純に工場での作業という職業として取り組んでおられる方が多かったり違いはありますか?

 

清水:全国的には、「工場での作業」として従事されてる方も多いと思いますよ。でも京都では圧倒的にそういう方は少ないですね。基本的に京都はそういう窯元が少ないんです。基本、京都は手でつくる、というのがベースですから。ですので、工場的な窯元で働くより、技術、スキルはいりますね。

 

森田:この話の流れで言えば、僕が清水さんのところに一番最初にインタビューをさせてもらいに伺ったときに、一時期「機械化も考えたことがある」と仰ってましたよね?それって、今の話でいえば、どのあたりまでの機械化なんですか?もう、プレス機でポンポンとか・・・。

 

清水:そう、考えてましたね。ちょうどこれ(と、木工家・南山喜揮氏とのコラボ製品「KAKEL」のカップを手に取る)を作ってるときなんですけどね。

 

森田:あぁ、KAKELですか。

 

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清水:これって、普通、機械でやることを勝手に手でやってるんですよ。陶器部分と木の部分が図面が引けるレベルできっちりでないとぴったり合わないんです。ですので、これは今はめちゃめちゃ手間をかけて作ってるんですけど、僕らはそれがいいよね、ってことになって機械化はやめたんですけど。

まぁ、これをバッと数を出していこうと思ったら、デザインだけして陶器部分は有田あたりの窯元で機械で作るのも、時代の流れのひとつなのかな、と思ったこともありましたね。でも結局、それはやめましたけど。

 

セキネ:今は、もう、その考え自体は・・・

 

清水:ないですね。

 

森田:それって、やめておこうって思われたキッカケってなんなのですか?

 

清水:ひとつ業界内で、ここ2、3年、ビジネスモデルとして新しい動きが出てきたんですね。イイホシユミコさんとか。自分でも作っておられますけど、基本の仕事はプロデュースというか、デザインしたものを有田とか信楽で型を作ってもらって。

 

セキネ:OEMみたいな形で・・・。

 

清水:そうです。で、まぁ、こういう形もアリなんだな、と。で、こういう流れでやっていく方も他にも出てきて、僕も全部をそうするわけじゃないけど、あるラインをこういった形にしてもいいんかな、ということを意識しているときはあったんですね。でもね、OEM的なモデルの展開方法を見てると、大量に作って、大量に在庫を抱えて、ブーム的に一気に火をつけて、で、だっーと大量に売っていくということになるので、それがなにか一昔前の「大量消費社会の売り方」のイメージがあって、あくまで自分自身の感覚として、そういうのが今の時代に果たして合ってるのかな?と。

 

森田:作り方ではなく、売り方が・・・。

 

清水:そうなんですよね。自分自身では、もっと違うやり方があるんじゃないかと。

 

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セキネ:清水さんのやり方って、外から見てると、新しいオーダーが常に入って、ひとつづづそれをこなして、新しいもの、新しいものっていうのを繰り返しているように見えるんですよね。

 

清水:そうですね。まぁ、軸になるものはあるんですよ。軸になるものは型として100種類はあると思うんですが、こういったものを作りつつ、新しくオーダーいただいたものはゼロベースからオーダーメイドするって姿勢でやっているので、つどつど釉薬が増えていったりするんですよね。

 

 

陶芸家で「メシは食えるのか?」

 

セキネ:それで今回の対談の企画を聞いたときに、陶芸界の世代交代、新陳代謝とかという話にもなるかと思ったんですけど、そのときに陶芸家の作家性という視点で見ると清水さんもそう見られることも多いでしょうし、僕も雑誌とか見てて、最近、作家という存在にスポットが当たることも多いんじゃないかと感じてるんですね。じゃぁ、実情、作家としての陶芸家、ビジネスとしての陶芸ってどうなの?というのが気になったんです。実際、雑誌とかでバンバン紹介されている陶芸家さんはメシが食えてるの?ってところなんですけど。

 

森田:そうですね。作家さん個人の露出があっても、と、いうところですよね。

 

セキネ:有名だから儲かるってことでもないと思うんですよね。

 

清水:わかります、わかります(笑)

 

セキネ:でも儲からないと、その職に就こうとは思わないってところありますよね、今の時代は。

 

清水:それは、正直なところ判らないですね。作家それぞれで。ただ、確実に、作家ということでも頂点の人、つまりメディアにもバンバン出てって人は・・・確実にうまく回しておられますね。ビジネス的にも。でも、中途半端な僕らの世代で、そこそこメディアに出てる、たとえば20代、30代の、いわゆる若手作家で、それこそインスタグラムなんかで話題になってすぐ完売するって作家の収入っていうのは正直判らないです。でも、それほどではないと思います。

それは、「作家」というやり方の限界なんだと思います。

 

セキネ:でも清水さんも、ご夫婦でやられてスタッフがお二人いて、2店舗(ここトキノハと姉妹店ホトキ)やられていて、やっぱり利益がなければ続けられないと思うんです。当然、京都での知名度もありますし、清水さん自身は客観的に見て成功事例なんじゃないかなって思うんですけど。

 

清水:めちゃめちゃ、これからで、まだまだ「ペーペー」ですけど、それでもゼロだったところが、1ぐらいにはなってるかなという実感は少しあるんですね。それは僕は「作家としてやるのをやめた」からだと思うんですよね。

 

セキネ:清水さんは自分は作家ではないと思っているんですか?

 

清水:作家ではないと思ってます。

(取り組んでいる活動全体的には)作家の側面があるところはあるとは思いますが、僕がビジネス的にやっていることには作家性はないですね。

作家性というか、「作品」と「商品」って何が違うのってよく言うんですが、僕はベクトルが違うんだと思うんですよ。「作品」は(ベクトルが)自分の方に向いていて、自分が作りたいものを作る、で、「商品」は相手が欲しいものを作る。

 

セキネ:関係的には「アート」と「デザイン」の関係ですよね。

 

清水:まったく一緒です。で、今、(陶芸で)「食べれてない人」の話をすると、自分が作りたいものが固まりすぎてて、それが(ニーズに)フィットしない・・・。

 

セキネ:まぁ、「頑固オヤジ」系。

 

清水:と、いうのもあるし、フィットしたものを作りたいけど、なにがフィットするのか判らないというパターンの人もいるんです。京都でいうと、どっちもいるんです。

古いスタイルを継承していて、これしかできないと思っているのか、時代に合わない、どうしよう、受け入れらない・・・という図式で。まぁ、市場が違うというのもあるんですけど。

 

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森田:それはすごく興味深い話で、例えば、僕のように広告業界にいる人間についてもあるんですね。例えば、広告で紙の印刷媒体使うぞ、とかTVでCM打つぞとか、有形のメディアを使うプランニングならまだいいとして、人の心を動かすイベントをするぞ、とか何かメッセージで訴求するぞって、ある意味、無形のものを使ったり作るってなったときに、自分のやりたいことに突っ走ってしまって、ディテールがスカスカになるとかよくあるんですね。

 

清水:それはどの業界でも一緒ですよ。それは思いましたね。何か陶芸だけ、っていうより全ての仕事で一緒なんですよ。セキネさんの仕事でも一緒ですよね。相手の欲しいものを、ちゃんと提供するのが仕事。でも(その感覚がない)作家は、自分の作りたいものを作る・・・。バーテンダーの仕事でいうと、「俺は、このカクテルを作りたい!」って訳のわからんものを提供しているのと一緒なんですよ(笑)

 

 

新境地開拓の力とマーケティング戦略の微妙な関係

 

セキネ:でも、そのあたりのバランスって今、一度、見つめ直す必要があるんじゃないかって思うんですよね。求められるものばっかり作るってことになったら、それこそコンビニで売っているものであったり、飲食でいったら大手のチェーン店であったりといった例を挙げると、そこは儲かりますし、お客さんもストレスがないと思うんです。でも、それじゃ文化水準が上がらない。停滞してしまう。そこで一歩進めるために、アーティストとか作家という人がいるのであって、それがぶっ飛びすぎてるとみんながついてこれないってことになるんですが、そこをいったい、どれだけのステップで進むのかというところがあって。それでこれから求められているものだけを作るのであれば、機械であったり、ニーズだけを集めるのであれば、それこそA.Iなんかが個人のニーズをかき集めることができて、それを形にするってことは・・・。

 

清水:可能ですよね。

 

セキネ:(そこは)奴ら(A.I)のほうが得意なので、その中で人間の役割ってなんだっていうときに「一歩先に進める」ってところなんじゃないかって僕は非常に最近考えてます。

 

森田:僕なんかは広告といういやらしい業界にいるので(笑)、その観点でいろいろと考えることがあるのですが、その(停滞を打破するための)アバンギャルドさもマーケティングの手法がどんどん進化していって、単にアバンギャルドで革新的に見せているけど、マーケティングデータで「ここまではウケる」っていうのが指標できたりして、そんなことができる企業がどんどん伸びてるんです。そんな、風潮っていうんですか・・・は、ある中で、僕らメディアの人間の役目は、それこそ、ここにおられる清水さんとかセキネさんとかクリエイティブに身を置かれている方の生の声っていうんですか。そういうのをできるだけ届けることだと考えていて、それでこの対談企画ということになるんですよね。

 

清水:そうですよね。セキネさんなんかのように常にチャレンジしていってこう持っていって(腕を上に上げて)、ちょうどなんですよね。こう(現状維持を示すように腕を水平にする)だと落ちていくだけですからね。それは必要だと思いますね。

僕も、この白と黒のもの(湯呑みを手に取って)をずっと作り続けてますけど、いつ飽きられるかという危惧は常にあって、それで新しいこと、新しいことにチャレンジしていこうっていう思いはありますね。

 

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森田:そうなんですよね。お二人のお話を聞いていてポイントはそこだと思うんですね。例えば僕らのいる広告業界はマーケティングツールなんかがたくさんありますけど、お二人の活動やお話を聞いていて思うのが、そんな「機械じかけのマーケティング」じゃない「人力のマーケティング」に長けているなというところなんです。新しいチャレンジとか、新しいモノとかといってもウケなければ意味がないわけで、それをあたかも肌で判るようにお二人には使っていて使いやすいモノとか飲んで楽しい、おいしいものとかが感覚的に提案できて、それが「機械仕掛けのマーケティング」に勝っているから、お客さんもつくし、作ったものがシリーズ化して続くんだと思うんですよね。

 

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セキネ:マーケティングの話でいうと、清水さんとお付き合いをするようになって、トキノハの展開をずっと見ていて清水さんが秀でているのがセルフマーケティングといえばチープな言葉になってしまいますけど、そういう部分で、僕の思い描く作家像と清水さんが違うところで、で、それが今のトキノハの上向きというか先の展望が見えてるという状況の要因なのかなと思っているんです。

 

清水:それが最近、めっちゃマーケティングの本とか読んでいて、マーケティングのこととかに意識がなかった時にやっていたことが、「あぁ、こういう言葉やったんや!」って思うことがあって。レッドオーシャンとブルーオーシャンとか。

 

セキネ:あります、あります。

 

清水:僕は、陶芸界でコッチの方に行った(今のスタイル)のは、誰もがマーケットの狭~いところにみんなで釣り糸をたらしてるなーっていうのが見えたんですよ。で、こっちにこんなに人(ニーズ)がいるのにって。それがちゃんとマーケティングの本に書いてあるんですよね。もっといい言葉で。

 

セキネ:僕はそういうのまったく読まないんですけど、たまにきっかけがあってちょっと覗くと同じようなことが書いてあって、なんか答え合わせをしているような感覚になるんですよね。

 

清水;なりますね。それで面白くなったんですよ。僕は。で、もちろん僕の知らないこともあって、それでそれも取り入れていこうって意識になったんです。

 

セキネ:それはでも、何にもなしからマーケティングの本を読んで勉強しますっていうのではなく、自分で築き上げたものの整理整頓してくれるような感じですよね。

 

清水:そうそう。たまにそういう人(何もなしからマーケティングを情報だけで理解している人)にたまに会うんですけど「うっ」となりますよね(笑)。実際にやってないのに、って。

 

森田:うぁー、なんか反省しますね。でも、今の広告業界はそうですよ。クライアントさんが求められてるのかもしれないですけど、(実践による実績がなくとも)方法論が説明できる人が高ギャラ取っていくとか。でもそれって、例えば(清水さんのうつわをプロモーションするのに)一度でも清水さんのうつわを手に取ったことがあるのか、セキネさんのカクテルを一杯でも飲んだことあってプロモーションのプランニングを立てているのかってところがクエスチョンマークなんですよ。

 

セキネ:実際にわかってるのかと。

 

清水:わかります、実体験が伴ってないんですよね。

 

森田:それで、(実体験がなくとも)定義がうまく言える人で、そういった(理論武装の)部分が優れている人の言うことが、あたかもマーケティングの世界の常識みたいになっていって僕は実はそれがめちゃくちゃイヤなんですね。だからいっつも怒られるんですけど。ですから、今のこの企画もオンタイムでお金になる販促ではなく情報誌事業に紐づくものなので、今の段階ではマネタイズなんて全然考えてないですから。広告屋として面白い情報発信を続けていれば、その先に絶対なにかビジネスチャンスがあると思っているんです。

 

清水:そうですね。その姿勢は僕もありますね。

 

セキネ:その姿勢が今の時代に合っているというか、例えば10年、20年前にその姿勢でいるより、可能性はぐっと広がりますよね。ネットで情報が簡単に発信もできますし、閲覧もできますし、蓄積もできますし。そういった考えをしている人にとっては今の時代はチャンスなのかなと思いますね。

 

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清水:それはすごい思いますね。

 

セキネ:やることはきっちりやる、そして、それをちゃんと発信するというのをひたむきに続けていれば必ず(発信した情報を)拾ってもらえるんじゃないのかな。

 

森田:ですからすごいチャンスだなとは思いますね。例えば今、弊社のゴ・バーンのwebサイトを作り直すと。で、いろいろと仕事の繋がりで外部のwebクリエーターのアドバイスいただく機会もあるんです。で、これもいやらしい話ですけど、せっかくアドバイスいただいているのなら、しっかり聞くだけ聞いて、他の案件に応用できるよう学習しようと思って、そういう外部からアドバイスを積極的に受けれるとしますよね。でもそのアドバイスの大半は構造的なトレンドとして「こういうサイト作りがいいですよ」という提案だけなんですね。相談のしかた次第なのでしょうが、中身に関しての提案がそういう協力者さんからはなくて、肝心のコンテンツの中身は僕たちが考えていくのであれば、そこは好き勝手やってやれと。で、トレンドや定説を根拠に出てくる企画より、僕の考えたこっちの企画のほうが絶対面白い、という自負もあって提案したんですけど、なかなかそれは誌面ではできないんで、だから今、webなんです。紙や有料掲載としての契約料から解き放たれて、面白さと今後の媒体の展開を直視できる。

 

セキネ:そういう意味でもネットをうまく使うということですね。それで今回、森田さんから提案をいただいて、実は僕もずっとそれを考えていて、webメディアをひとつ立ち上げて、こういう面白い人と対談していくのをやりたいなと思っていたのを、本当にピンポイントで来ていただいて、で、厚ましくも清水さんとまずはやるっていうんで一緒に話を聞きましょうということになったんです。

 

清水:セキネさんみたいな人はね、京都に必要なんですよ。京都の人間ってね、僕もそうですけどやっぱり「京都」なんですよ。なんか、「掻き混ぜられない」んですよ。たまにね、定期的に京都を「掻き混ぜ」はるのって、やっぱり東京とかから来てくださった方なんですよ。面白いですよ。セキネさんの活動を見てると、そんな人、他にいないじゃないですか。いないんですよ。絶対に。京都にはもともと。自分でレール作って、せっせと色々とやってはるのをみて、すごいなと。自分もそうしないといけないんでしょうけど。

 

セキネ:確かに京都の人に何かやろうと持ちかけた時に、最初にレールを敷いておかないといけない。

 

清水:めちゃめちゃ嫌いです、そういうところ。

 

セキネ:僕はそのあたり(レールを敷く作業)は割と平気なので。

 

清水:嫌いですわ、そういう京都っぽいところ。まぁ、僕も「京都」なんでしょうけど、自分でいやですね。

 

森田:セキネさんのイベントとかでの発信の仕方って秀逸ですよね。外国や他府県での取り組みも含めて僕もよくセキネさんの見せ方の策にハマりますけど。

 

セキネ:僕は別にマーケティング戦略とかを考えてやってるわけじゃなくて、紹介したいものを紹介していて・・・。ひとつ言えるのは一本ストーリーが通ったものじゃない取り上げられない。僕はもともと自分に自信がないタイプなんで、自分の中で(しっかりとした)自信がないと人に勧められないんです。そのためには見せかけじゃなくて、一本筋が通ったストーリー、商品の開発前から商品になって、売り出すプロモーションまでずっーと続いてないと僕は気持ち悪くて出来ないんです。そこだけは意識してます。その他はもう、思いつきばっかりです。

 

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清水:でも、その「思いつき」を実行に移せる行動力が大事ですよね。思いつくだけの人ならいっぱいいると思うんですけどね。

 

chapter2に続く・・・

 

 

 

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清水大介 

Daisuke Kiyomizu

 

京都出身。

五代目清水六兵衛の曾孫として生まれる。

京都府立大学で建築デザインを学んだ後、陶芸の専門校に通う。その後、陶芸家猪飼祐一氏のもとで3年間修行し、2008年に陶芸家として独立。

2011年に工房を京都市山科区清水焼団地に移し、「生活に寄り添う器」をコンセプトにした器の店「トキノハ」を開く。

木工作家と共に立ち上げたブランド「KAKEL」をはじめとして、他ジャンルとのコラボなどに積極的に取り組む。

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